1. ホーム
  2. 連載・企画
  3. 連載
  4. 神奈川新聞と戦争
  5. (153) 1942年 銭湯は戦闘のために

神奈川新聞と戦争
(153) 1942年 銭湯は戦闘のために

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年8月30日(日) 05:00

町内が協力し応召した銭湯を支えた美談を載せた1942年9月12日の本紙
町内が協力し応召した銭湯を支えた美談を載せた1942年9月12日の本紙

 これまで紹介した寿屋(後のサントリー)の献納広告が掲げてきた幾つものスローガンは、総動員体制の一つの現れだった。

 「あなたの職場は、直接第一線につながつてゐる。あなたの身体は、そのまゝ国家の戦力である」と労働者に生産性向上を求めつつ、自身の職業への「大いなる誇り」をくすぐる。「なんといつたつて 日本人ですよ やるといつたら きつとやります」とナショナリズムをあおり、子どもにも兵器製造のために「毎月一銭ヅツ貯金スル」ことを教え、少国民として国に貢献する意欲を植え付けた。

 そういう広告を掲載した1942年秋の本紙は、記事を通じても「職場奉公」の具体例を示した。

 例えば、9月12日の「前線の兵隊さん安心なさい/下足も風呂炊きも私達(わたしたち)の手でやらう/応召銭湯に援兵部隊」と題した大きな記事。場所は横浜市磯子区。

 「金沢町民の名誉にかけて『応召軍人の店』をしつかり護(ま)もらう、護(まも)つて護つて護り抜いて少しでも前線の勇士に安心をさせ、海に、陸に挙がる大戦果に感謝するのだ─と、出征軍人の家を護る銃後三銃士の美挙が町内から賞賛の的となつてゐる」

 銭湯経営者の男性が応召し前線に赴いた。そこで「留守を護る男勝りの妻女」(31歳)が9歳、6歳、4歳の3人の子どもを育てながら、義弟とお手伝いさんの力を借りて「雄々しくも軍国の妻として夫の家業を護つて来た」。働き手が徴集される戦争の不条理を「男勝り」「雄々しく」という、男性に倣うこと自体が模範であるかのような性差別の語句ですり替えた。

 やがて人手不足でどうしようもなくなり、妻は常連の女性客2人に閉店を打ち明けた。すると「そんな気の弱いことでは前線の旦那さまに申訳(もうしわけ)ない」と叱られ、彼女らが番台や下足番、家事などを交代で手伝うことで営業が続けられた─。

 この美談を、記事はやはり、総動員体制や職域奉公の文脈でまとめた。文中で妻にこう言わせている。「そうだ、こんなことでは命を的に働く前線の夫に申訳ない、自分の身が粉になるまで働かう」

神奈川新聞と戦争に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

連載に関するその他のニュース

アクセスランキング