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神奈川新聞と戦争
(136) 1942年  横浜、横須賀いずれも

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年5月10日(日) 05:00

1942年1月14日付神奈川新聞に掲載された寿屋赤玉ポートワイン(右)とゼオラ薬用歯磨の広告
1942年1月14日付神奈川新聞に掲載された寿屋赤玉ポートワイン(右)とゼオラ薬用歯磨の広告

 1942年1月14日の神奈川新聞(横浜地区発行)1面記事下には、寿屋(後のサントリー)が「弾丸を切らすな!」と題した献納広告を出した。「戦果が偉大であるだけ、銃後のわれ等(ら)は、いよゝ心を引緊(ひきし)め、皇国の民であるといふ自覚を堅持して、一点悔ひなき御奉公を励げまう!/貯蓄だ! 一円貯蓄すれば、それだけ多くの弾丸を敵陣に叩(たた)き込めるのだ!」

 主張は従来と同様。(1)戦勝にも気を引き締める(2)銃後奉公に励む(3)戦費調達のため貯蓄を行う-。文句や挿絵など、体裁を変えながら、寿屋が一貫して訴え続けた内容である。現在に比べ限られたメディア環境にあって、ラジオや雑誌と並び大きな影響力のあった新聞で、これほどの刷り込みが、記事だけでなく広告でも行われていた。

 右隣には、大正期から販売されていた「ゼオラ薬品歯磨」の広告が「屠(ほふ)れ!米英我等(われら)の敵だ 進め一億火の玉だ!」と、当時の国策スローガンを掲げた。

 1面トップ記事の見出しは「蘭印[オランダ領東インド、現在のインドネシア]敵前上陸部隊 早くも赫々(かっかく)の戦果」。年明けから開始された蘭印作戦の大本営発表が、地図とともに大々的に報じられた。広告、記事ともにかなりインパクトのある紙面だった。

 同17日には、横須賀地区で発行されていた神奈川新聞にも、寿屋の広告が初めて掲載された。前々回にも説明した通り、この1月に「一県一紙」政策に従い県内地方紙が「神奈川新聞」に統一されたものの、同月中は、横浜と横須賀の両地区で異なる内容の「神奈川新聞」が発行される異例の事態となっていた。

 その「横須賀版」は17日に「国を護(まも)つた傷兵護れ!」、18日に蒸気機関車を描いた「何処(どこ)一つ故障しても全体が止るのです!」、21日に「弾丸を-」、22日に「必勝五訓」、24日に「皇軍への感謝を貯蓄にもりこめ」と、寿屋の広告を立て続けに掲載した。

 一方「横浜版」も、16日に「皇軍への-」、20日に「国を護つた-」、23日に「弾丸を-」、24日に「必勝五訓」を掲載した。

 このように数種類の原稿を使い回しながら、寿屋は1月に「横浜版」に11回、「横須賀版」に5回の広告を出した。国家による新聞統制が最終盤を迎えつつあったこの時期、寿屋はすさまじい勢いで広告スペースを「献納」し、戦意高揚に加勢したわけである。

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