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神奈川新聞と戦争
(135) 1942年 全体主義を象徴する

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年4月26日(日) 05:00

大政翼賛会の「決戦生活訓」を基に「必勝五訓」を記した寿屋の広告。左下には「進め一億火の玉だ」のレコード広告も=1942年1月12日の神奈川新聞
大政翼賛会の「決戦生活訓」を基に「必勝五訓」を記した寿屋の広告。左下には「進め一億火の玉だ」のレコード広告も=1942年1月12日の神奈川新聞

 1942年1月5日の神奈川新聞(横浜地区発行)に掲載された寿屋(後のサントリー)の広告は、D51形蒸気機関車の力強いイラストをあしらい、国民一人一人を、多数の部品で成り立つ機関車に例えた。

 「若(も)し一個(か)所でも錆(さ)びついたり、油が切れたり、空転したり、破損したりしたら、列車全体の運行に支障を来すことはあきらかです。否、ひよつとすると止つてしまうかも知れません」

 1カ所の故障で列車は止まってしまう。それは列車が運ぶべき軍需物資や兵員が滞ることを意味し、さらに戦況をも左右する、と言いたいわけである。広告の文句は次のように、その真意を自ら解き明かす。

 「一部に歩調の揃(そろ)はぬ個所があると、忽(たちま)ち全体が影響をうける、今はさういふ時代なのです。そこに自由主義時代とは全く考へ方を変へなければならない、根本的の問題があるのです」

 個人は全体に奉仕する。戦争という国家的事業のために「個」を犠牲にする。ちょうど「自由主義時代」と対比している通り、これは全体主義の思想である。

 ただ、この文章には巧みなすり替えがある。「一部に歩調の揃はぬ個所があると、忽ち全体が影響をうける」という一節だ。実際にはそうではなかった。全体(国家)の側こそが歩調を合わさぬ個人を排除し、戦争に突き進んだのだ。

 挿絵のD51にも意味がある。貨物列車用として36年に登場した車両で、金属など物資が欠乏していた戦時中を通じ、45年までに1115両が造られた。戦争遂行のため「歩調」を合わせる象徴的存在といえた。

 翌6日にも載せた広告で寿屋は「皇軍への感謝を貯蓄にもりこめ」と戦費調達を訴えた。同9日も全く同じ内容の広告。10日は以前紹介した「国を護(まも)つた傷兵護れ!」、11日には再びD51の挿絵、12日には「必勝五訓」と題し「強くあれ」「流言にまどうな」など職場や家庭、隣組での献身を求めた。これは大政翼賛会による「決戦生活訓」で、広告以外にも広く用いられたスローガンだった。

 日米開戦直後の42年1月、寿屋は戦意高揚の献納広告を、連日のように、せっせと出稿していた。

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