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神奈川新聞と戦争
(154) 1942年 悲壮は敗北の暗示か

神奈川新聞と戦争 | 神奈川新聞 | 2020年9月6日(日) 05:00

悲壮感に満ちた「艦造れ!」=1942年12月5日付本紙

 「弛(ゆる)む心のネヂを巻け」「一粒の米にも」「忍苦と頑張りの戦ひ」「この際も一度 反省しやう」「身なりより身体つくれ」…。1942年の年末に向け、寿屋(後のサントリー)は矢継ぎ早に献納広告を本紙に掲載した。同じ内容を載せた日も多いが、新しい挿絵と文をあつらえ版を起こす姿勢は積極的だった。

 「弛む心のネヂを巻け」(11月27日)は「敵の抗戦準備も漸(ようや)く盛り上りかけて来てゐる」時期ゆえ「銃後生活に倦怠(けんたい)の危機なぞあらしめてはならぬ」と注意を喚起。「一粒の米にも」(同28日)は「広大な神恩皇恩の有難(ありがた)さ噛(か)みしめて、心からなる感謝の誠をささげませう!」と収穫期に合わせ国家意識を喚起した。

 「忍苦と頑張りの戦ひ」(同29日)は「戦ひは……太平洋を挟んで忍苦と頑張り合ひの段階にはいつた」と国民に忍耐を要求。「この際も一度 反省しやう」(同30日)は真珠湾攻撃1周年を前に「あの感激の日からもう一年にならうとする。永い間知らず〳〵のうちに、心の中に巣喰(すく)つて来た、自分さへよければ、といつた米英流の考へ方が、未(いま)だに、お互ひの生活にこびりついてはゐないだらうか」と、個人主義を排し、滅私奉公を説いた。

米英流の個人主義を戒めた「この際も一度 反省しやう」=1942年11月30日付本紙

 毎日のように掲載された寿屋の広告の中でも、切実さが迫るのが12月5日の「艦造れ!」だ。2本の砲身のシルエットという単純な挿絵。本文は「使命果して従容沈みゆく艦の、最後を見届ける瞬間の乗組将兵の気持を察するとき、誰がヂツとしてゐられようか。艦だ!戦費だ!貯金だ!」と悲壮感に満ちていた。

 空母4隻を失うなど大敗を喫したミッドウェー海戦から約半年。もちろん当時、敗北の真実は報道されなかったが、真珠湾攻撃1周年のお祝いムードの陰で、この広告は現実を暗示していたようにも読める。

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