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沖縄・米軍属逮捕
【カナロコ・オピニオン】(9)私たちは当事者

社会 | 神奈川新聞 | 2016年5月26日(木) 20:53

カナロコ・オピニオン
カナロコ・オピニオン

 グラスを持つ手が小刻みに震えていた。注がれた泡盛がわずかに波打つ。小雨降る夏の夜、沖縄本島中部の居酒屋のカウンターだった。

 「米軍の犯罪だけは許せん」

 沖縄県警ベテラン刑事の、1人の沖縄県民としての〝告白〟

 その後の沈黙が憤りの深さを語り、沖縄の人々の痛みを代弁していた。本土出身の私は、軽々には言葉を返すことができず、ただ黙ってうなずくことしかできなかった。


 駆け出し時代を沖縄タイムスの記者として過ごし、沖縄県警担当の3年間は米軍関連の事件事故を追う日々だった。

 飲酒運転は日常茶飯事。行きつけの飲食店に火を放つ、タクシー運転手を脅して料金を踏み倒す、酔って夜中に民家に忍び込んでソファで寝込む、ゲーム感覚で駐車中の車を集団で次々と横転させる、相次ぐ性犯罪では人目をはばからずに駐車場で女性を襲った事件もあった。逃走時に川に入ったり、民家の屋根に上ったり、そのまま帰国してしまったりと、本土では考えられない事態が次々と発生した。

 米軍関連の事件で特に問題になるのが、日米地位協定の厚い壁だ。地位協定は、公務外の事件で容疑者の米軍人や軍属の身柄を米側が確保した場合、起訴までは米側が拘束すると規定する。運用改善の結果、米側が「好意的配慮」を払うことで起訴前の身柄引き渡しに道が開かれたが、裁量権は米側が握る。

 捜査を尽くして逮捕状を取りながらも、容疑者の身柄が引き渡されない。海兵隊少佐の女性暴行未遂事件の会見中、県警刑事部長が腕を組んで空を見上げ、ぐっとこらえていた表情が忘れられない。冒頭のベテラン刑事同様、「米軍犯罪は絶対に許さん」と語る叩き上げの人だった。

 沖縄国際大学の米軍ヘリ墜落事故では、県警は捜査員の現場立ち入りを拒否された。

 「沖縄県民が納得しない」。捜査1課長が在沖縄海兵隊法務部に出向き、テーブルを叩きながら現場検証の実現を迫った。日本の一地方警察の現場指揮官が激しく米軍に抗議する。たぎる怒りはいかばかりだったか。

悲劇


 沖縄タイムスの報道によると、1972年の本土復帰から2014年までの米軍人・軍属とその家族による刑法犯の検挙件数は5862件。このうち殺人、強盗、放火、強姦の凶悪事件は571件で737人が検挙された。性犯罪であれば、名乗り出ない被害者も少なくないだろう。基地あるがゆえに命と人権が脅かされる。
そして悲劇は、繰り返された。元海兵隊員の米軍属の男が、沖縄県うるま市の20歳の女性の遺体を遺棄した容疑で逮捕された。殺害と暴行も認めたという。

 想像せずにはいられない。襲われたその瞬間、被害女性はどれほど恐ろしかっただろうか。無事を祈りながらも一縷の望みが断たれた遺族はどんなに無念だろうか。同居していた交際相手は女性を守れなかったと自らを責めてはいないだろうか。

 そして、思う。自分であれば決して耐えられない、と。

差別


 米軍基地の存在は、沖縄の人々が望んだものでは決してない。

 太平洋戦争末期、本土防衛の「捨て石」にされ、沖縄戦では県民の4人に1人が犠牲になった。たとえ生き延びても、収容所に隔離されている間に故郷の土地を米軍に奪われた。1952年の日本の主権回復後も米軍統治は終わることなく、憲法の枠外に置かれて基本的人権は保障されなかった。「銃剣とブルドーザー」と形容される土地の強制接収は続き、「沖縄に基地があるのではなく基地の中に沖縄がある」といわれる状況を強いられた。

 本土が経済成長を謳歌する中、産業政策の欠如が強固な経済基盤の確立を阻み、沖縄戦で多くの人材を失ったことで教育も立ち遅れた。72年の本土復帰後も所得や失業率、大学進学率といった多くの指標で本土との格差は埋まらない。この間、米軍犯罪の危険にさらされ続けてきた。

 そして今、基地は経済発展の阻害要因であることが基地返還に伴う跡地利用の実績から証明されてもなお、本土では沖縄の基地依存という「神話」が幅を利かせている。海兵隊の抑止力という「誤解」が辺野古新基地建設を強行する錦の御旗になっている。

 国土面積のわずか0・6%の沖縄に在日米軍専用施設の約74%が集中する。このような地域が他にあるだろうか。一つの地域にこれほどの差別的な負担を強いるとは、恥ずべきことだ。

当事者


 元海兵隊員の逮捕から6日後、日米首脳会談が開かれた。事件について安倍晋三首相は「断固抗議」し、オバマ大統領は遺憾の意を表明した。

 だが、どれほど言葉を重ねようとも空虚な響きが漂う。沖縄が訴える地位協定の抜本的見直しについて、両首脳は具体的な言及を避け、否定的な姿勢を示した。翁長雄志知事が求めた大統領との面会は実現の気配すらない。為政者からは沖縄の声を正面から受け止めようという熱が感じられず、結論ありきのセレモニーのように映った。事件後、「再発防止」の掛け声が飛び交うさまに、早く幕引きを図りたい政府の思惑が透け、既視感ばかりが募る。

 沖縄の人々は、特別なことを求めているわけではない。

 私たちが愛する人の安全を望むように、米兵や米軍属による犯罪におびえることなく、平穏のうちに安心して暮らしたいと願っている。

 私たちが子育て支援や高齢者介護の充実を望むように、行政や議会が基地問題に多くのエネルギーを割かれることなく、教育や福祉など日々の生活に密着した施策に集中できるよう求めている。

 何度でも繰り返す。沖縄の人々は、本土に暮らす私たちがごく当たり前に享受している日常を求めているにすぎない。

「小指(沖縄)の痛みを全身(日本)の痛みと感じてほしい」

 沖縄の人々が本土に向けてきたメッセージに、私たちはどれほど向き合ってきただろうか。痛みを共感しない無神経ぶりは今、日本中をむしばみ、広く差別を放置し、格差を是認する社会の元凶になっているように思えてならない。

 安全保障は日本全体で考えるべき問題だ。沖縄に基地負担を押し付けてきた私たちは被害女性の死に対し、責任の一端があると言わざるを得ない。

 第三者では決してない。私たちは、沖縄が抱える問題の当事者である。

(経済部・田中大樹)

 
 

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