熊本県南部を中心に甚大な被害をもたらした豪雨から4日で1カ月。緊迫した被災地で救助活動に当たった海上保安庁「特殊救難隊」の隊員が、困難を極めた現場の状況を振り返った。浸水した老人ホームで、孤立した集落で、多くの住民を救った11日間。「必ず無事に家に帰ってもらう」─。高度な技術を駆使し、安全に救出することだけを願って命に向き合い続けた。
「よく頑張りましたね」
陸路が寸断され、孤立した状態で救助を待っていた高齢男性は不安そうな表情を浮かべていた。海保のヘリコプターから降下した草野優太隊員(27)は、第一声で被災者を励ました。普段は「海上保安庁です」と声を掛けるが、上空から未曽有の水害を目の当たりにし、男性をいたわる言葉が自然と出てきたという。
特救隊は7月4日、全容把握もままならない状況で羽田特殊救難基地を出動。14日までの11日間で、計11人を現地に派遣した。入所する男女14人が犠牲になった特別養護老人ホーム「千寿園」(球磨村)や橋が崩落して孤立した地域で、ヘリコプターを使って高齢者らの救助活動に当たった。
海上とは異なる陸上の救助活動は、過酷を極めた。堆積していた砂がヘリの旋風で大量に舞い上がり、つり上げる被災者の顔などに激しく当たった。ビニールハウスや屋根の瓦などが強風で吹き飛ぶ恐れもあった。草野さんは全身で包み込むようにして被災者を保護。自衛隊員や消防隊員らも人の壁をつくり、ヘリの旋風から被災者を守った。
現場やヘリの機内では、救急救命士を兼任する特救隊員が応急処置や容体を観察し、医療機関への引き継ぎを円滑に進めた。草野さんは「各隊に1人以上の救急救命士を配置している特救隊ならではの活動」と強調する。海保全体で22人を救助し、うち特救隊は8人の命を救った。
2019年12月、特救隊の新人研修を修了するに当たり「要救助者に安心感を与えられる隊員を目指し、日々研さんを重ねたい」と決意を述べていた草野さん。九州からの帰還後に横浜市の第3管区海上保安本部で記者団の取材に応じ、「厳しい訓練を重ねたからこそ対応できた」と自身初となる陸上での救助活動を振り返り、力を込めた。「安全に救助して無事に家に帰ってもらうために、今後も活動を続けていきたい」