県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で入所者ら45人が殺傷された事件の裁判員裁判は、初公判から1カ月近くが経過した。これまで全9回の公判で明らかにされた証拠や植松聖被告(30)の言動から何が見えたのか。難病の筋ジストロフィーを発症した男性の自立生活とボランティアの奮闘を描いたノンフィクション「こんな夜更けにバナナかよ」の著者で、ノンフィクションライターの渡辺一史さん(51)に聞いた。
私はこれまで植松被告と13回の面会を重ねてきた。しかし、いまだに彼の妄想とも空想ともつかない奇妙な世界観と、それを成り立たせている人間性の全体像をつかみかねている。
面と向かって話をする限りにおいて、植松被告に病的な印象はまるでない。しかし彼の思考の全体像や、その世界観や人間観の荒唐無稽さには、正気と狂気がモザイクのように入り交じった印象を受ける。
「意思疎通の取れない障害者は安楽死させるべきだ」というのが、被告のそもそもの犯行動機であり、今も変わらぬ中心的な主張である。彼は、意思疎通の取れる障害者と、取れない障害者を明確に区別する。前者は社会に貢献する可能性がまだ残されているが、後者にはその可能性がなく、「人の心を失った人間」という独自の意味づけをして、「心失者」という造語で呼ぶ。