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時代の正体〈456〉共生を目指す学校(下) 身構えず興味津々

社会 | 神奈川新聞 | 2017年3月21日(火) 09:38

電動車いすの矢賀さんと駆けっこをして遊ぶ子どもたちと大和教諭=2月27日、藤沢市立長後小学校
電動車いすの矢賀さんと駆けっこをして遊ぶ子どもたちと大和教諭=2月27日、藤沢市立長後小学校

時代の正体取材班=成田 洋樹】2月上旬、藤沢市立長後小学校2年生の教室。担任の大和(やまと)俊広教諭(40)は1時間目の授業前に、重度の身体障害がある友人の矢賀道子さん(51)と会った時の話を子どもたちに語り始めた。障害のある子もない子も共に学ぶインクルーシブ教育の研究会が新潟市で開かれ、一緒に参加したのだ。

 

「差別の加担者」

 
 広島県在住の矢賀さんは脳性まひで体が不自由なこと、電動車いすで移動し介助者の手を借りながら連れ合いの男性(50)と息子(26)と暮らしていることを伝えた。相模原殺傷事件についても触れた。

 「障害のある人がたくさん殺された事件は知ってる?」

 クラスの33人のうち半分ぐらいが手を挙げた。

 「やません(大和先生の愛称)の友達の矢賀さんが、その場にいたら逃げられずに襲われていたかもしれない」

 互いの顔が見えるようにコの字形に並べられた座席の子どもたちの視線が、大和教諭に集まる。お調子者の男子も静かに聞き入っていた。

 大和教諭が矢賀さんに出会ったのは5年ほど前、障害児教育の全国研究会の場だった。言語障害による聞き取りにくい言葉で熱弁を振るう姿に目を奪われた。

 「私たちは教育の場で排除されてきた。同級生と分けられて養護学校に行かされ、分離教育を受けざるを得ない状況にさせられた。ここにいる先生たちはそれを差別と思っていないのか。思っていないのなら差別の加担者といえないか」

 「差別の加担者」と言われ、大和教諭ははっとさせられた。学校現場には依然として「子どものため」という美名の下、保護者に特別支援学級や特別支援学校を暗に勧めるケースがあると感じていたからだ。以来、年1回の研究会の場で顔を合わせ、酒席をともにする友人だ。

 2月下旬には障害者団体の都内での会合に出席した後、長後小で子どもたちと交流することになった。


 

祝福されぬ妊娠

 
 授業前日の2月26日夜。藤沢駅近くの居酒屋で、お酒が大好きな矢賀さんを教諭仲間とともに囲んだ。手先が不自由な矢賀さんは、持参のストローを使う。刺し身などをさかなに、コップに注がれた日本酒の冷や酒をストローで飲み干すと「もう一杯」とおかわりした。

 障害者と健常者を分ける「分離教育」を変えずにいて、共生社会を目指すなんていうのはおかしいということ。障害者の権利獲得を求めて横浜で長く活動し、全国の障害者運動をリードした故横田弘さんを尊敬していること…。周囲が何度も聞き直しながらも会話は弾んだ。

 相模原殺傷事件の話になると、語気を強めた。

 「障害者を狙って殺したのは許せない」

 この日はもう一軒はしごした後、同駅近くのホテルに泊まった。

 翌27日朝、大和教諭がホテルから長後小まで同行した。矢賀さんが校舎の近くで登校する児童を眺めていると、大和教諭のクラスの女子2人が手を振りながら声を掛けてきた。

 「矢賀さん、後でね」

 矢賀さんが来ることは事前に伝えられていたが、まるで旧知の友だちに会うような接し方だった。

 エレベーターを使って2階にある2年生の教室に行くと、大和教諭が矢賀さんを紹介した。

 「矢賀さんは歩いたり、話したりするのが苦手だけど、あとはみんなとだいたい一緒。聞き取りにくいときがあるかもしれないけど、慣れてくれば分かるよ」

 「さっき、『後でね』と聞き取れたよ」

 女子がうれしそうに話すと、「僕も」と続いて教室がにぎやかになった。

 子どもたちはまず校内を矢賀さんに案内した。放送室を訪れたとき、大和教諭が子どもたちに問い掛けた。

 「入り口に段差があるよね。車いすの子がクラスにいたら、どうする? (放送室を使う)放送委員になれないよね?」

 考え込む子どもたちに矢賀さんが「スロープを付けたら」と答えると、「あー、そうか」との声が上がった。

 校内の案内が終わると、2年生と3年生の一部の計約200人が多目的スペースに集まった。大和教諭が質問する形で、矢賀さんの暮らしぶりが紹介された。

 食事やトイレは自力でできるが介助者がいると楽なこと、酢豚や焼きそばを作るのが得意なこと、トイレやお風呂は同性に介助してほしいこと…。妊娠が分かった1989年、医者や親から「障害者なのに生むのか」と出産を反対された時のことも話した。

 「おなかの中に子どもができた時、おめでとうって言ってもらえなかったんだよ」

 「えー」

 子どもたちから驚きの声が上がった。


 

「手助けしたい」 


 この日の給食はチキンライス。子どもたちの輪の中で大和教諭が矢賀さんの食事を介助し、スプーンで口元に運んだ。午後は校庭で走ったりして遊んだ。

 別れの時がやって来た。矢賀さんが笑顔で「きょうは楽しかったよ」とお礼を言うと、子どもたちは「また来てね」と返した。

 放課後、ある女子は相模原事件について「悲しかった」とうつむいた。別の女子は「矢賀さんと同じような障害のある子がクラスに入ってきたら助けてあげたい」と前を向いた。

 子どもたちは後日、矢賀さん宛ての手紙をしたためた。

 〈(妊娠した時に)おめでとうっていわれなかったら、わたしもいらつきます。たのしかったので、とおいけど、いつでもきてください〉(女子)
 〈やまゆり園のじけんの時、やまゆり園にいなくてよかったと思います。やがさんの生活を見てみたいです。あーんと口をあけて食べるところを見てみたいです〉(男子)
 〈やがさんの手をさわるとあったかくて気もちよかったです。また会いたいです〉(女子)
 〈声がへんだなと思いました。でも、だんだんなれてきました〉(女子)
 〈しょうがいしゃのたいへんさをしることができました。ほんとうはもっといっしょにいて話していたかったけど、さようなら〉(男子)
 大和教諭は手紙の束を手に力を込める。

 「興味津々の子どもたちは大人と違って身構えたりせず、年長の一人の女性と楽しい時を過ごしたということが文面から伝わってくる。能力主義の価値観に全面的にさらされる前の低学年こそ、世の中にはさまざまな人がいて共に生きるためにはどうすればいいかを考える大事な時期だと思う」

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