名刺入れを持つ手がかすかに震えた。
「いくら必要ですか」
思わぬ出資の提案に、日野利信(56)は喜びを抑えて答えた。「1年分の開発費が足りません」
2月中旬、新横浜で開かれたベンチャーのビジネスプラン発表会。バリューソリューション(川崎市川崎区)代表取締役の日野は、電子機器の「フリーズ(一時停止)」を自動復旧させる自社製品をアピールした。
大手電機メーカーを退職後、2015年に起業した。「第5世代(5G)移動通信システムの導入で需要は増すはず」。だが、資金調達は思うように進まなかった。
会場には金融機関や投資会社、大手企業や行政の担当者ら約30人の姿があった。発表が終わり交流会に移ると、日野の前には名刺交換を待つ10人余りの列ができた。
2日後、興味を示してくれた投資家の1人と再び会い、具体的な希望額を伝えた。「まさかこんなにスムーズに進むとは」。描いた構想が一気に現実味を帯びた。
ベンチャーの事業拡大や起業家の人脈形成を促す。そんな企画が今、横浜で相次いでいる。
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「投資した10社のうち3社が生き残れば御の字」
ベンチャーキャピタル(VC)のTNPパートナーズ(横浜市港北区)社長、呉雅俊(60)は業界の実情をそう明かす。
可能性を秘めた「種」を探し出し、資金という栄養を与えるのがVCの役割だ。原資はファンドを組成して外部から募るが、失敗が続けば信用を失いかねない。培った眼力で慎重に見極めてもなお、花開く企業は一握りという。
アマゾン・コムやアップル、ウーバー・テクノロジーズにエアビーアンドビー。きらめく「新星」が続々と生まれる米国に比べ、規制が多い日本は起業になじまないとされ、資金も集まりづらい。だが近年、呉は「変化の兆し」を見て取る。
調査会社のイニシャル(東京都)によれば、ベンチャーやスタートアップへの投資額は18年に4千億円を超えた。10兆円規模の米国市場にはほど遠いものの、5年間で3倍に膨らんだ。
大企業の投資活動「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」が広がり、個人資産を投じる「エンゼル投資家」も増えてきた。リスクマネーへの意識が変わりつつあるのだ。
一方、調達に成功した企業の数は18年までの5年間で1・3倍しか伸びず、約1900社にとどまった。投資先が分散されず、限られた受け手に集中した状況が浮かび上がる。
呉はくぎを刺す。
「一定の成長を遂げたベンチャーへの『追従型』投資は確かに拡大している。だが『開拓者』への支援はなおも乏しい」
社会の常識を覆す革新的な発想や技術こそ、実用化に莫大(ばくだい)な費用を要する。「取るべきリスク」への許容度が高まれば、日本の起業環境は一歩先へ進む。呉はそう強調する。
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ランチタイムの横浜駅西口。「相鉄ジョイナス」地下1階の一角に人が吸い寄せられていく。
目当ては電光掲示板に映された飲食店の混雑状況だ。点在する店舗に足を運ばずとも、空席の有無や待ち時間が一目で分かる。
この仕組みは16年設立のバカン(東京都)が考案した。相鉄グループなどのベンチャー支援策「アクセラレーションプログラム」で採択され、導入が決まった。
「斬新なアイデアとわれわれの経営資源が相乗効果を生んだ好例です」
相鉄ビルマネジメント(横浜市西区)営業統括部長の石幡勝(54)はそう話す。業容が多岐にわたる鉄道会社は、あらゆるビジネスモデルに適合しやすい。ベンチャーとの協業には、少ない費用負担で新たなサービスを生む狙いがある。
ベンチャー側は実証実験の環境が得られる上、大手企業の「お墨付き」により信用度を高められる。「ウィンウィン(相互利益)の関係にある」と石幡は言う。
ヒト、モノ、カネの面で、起業という選択を支える体制が整い始めた。
=敬称略