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【K-person】澄川喜一さん
木の面白さ見せたい 風景に溶け込む意匠

K-Person 神奈川新聞  2020年03月15日 10:54

澄川喜一さん


澄川喜一さん
澄川喜一さん

 横浜美術館での大規模な個展には初期から最新作まで木彫作品約100点が並ぶ。何年もかけて乾燥させた木材を幾何学的なパーツに分けて再構築。手かんなで仕上げる表面は滑らかで、木材そのものの多彩な色合いが美しい。

 「日本は木の国。日本の樹木は種類が多く、木の面白さを見せたい」と熱く語る。「木にほれて、向こうもほれてくれるといい作品になる。木にも性格があって素直だったり、ひねくれていたり。そういうのと一緒に仕事をすると楽しい」と明るい笑顔を見せる。

 創造の原点は、故郷に近い山口県岩国市に架かる錦帯橋だ。五つの木造橋が連なる構造美に魅了された。

 「あまりにもきれいで、写生を始めたのは13歳の時。どうやって造ったのかと大工さんについて調べたりもした。裏側から見ても美しい」

 野外彫刻をはじめ、東京スカイツリーのような公共空間での造形プロジェクトに携わってきたが、錦帯橋はこうした環境造形の原点でもあるという。


初期から最新作まで木彫作品約100点が並ぶ「澄川喜一 そりとむくり」展=横浜市西区
初期から最新作まで木彫作品約100点が並ぶ「澄川喜一 そりとむくり」展=横浜市西区

 「環境に適した美しさがある。山があって川があって、自然の中できっちりはまっている。台風の時、目の前で流されていくのを見たのは忘れられない。橋がなくなって穴が開いたような風景は、美しくなかった」

 そんな橋のデザインを、1980年代後半に横浜市内で多数手掛けた。波紋のような欄干が特徴的な万里橋(西区)や、欄干の中央が漢字の「人」のような一本橋(南区)などが、今では身近な風景として生活に溶け込んでいる。

 「戦時中に金属供出し、さびだらけの変なものが残っていた。それを当時の高秀(秀信)市長にきれいにしたいと頼まれた。高秀さんは橋が好きだったね」

 それぞれの町並みに合う形にしなければ、と町を歩き回って考えた。

 「橋は舞台でいう花道。川を越して違う場所へつなぐ。ステージだから、かっこいい方がいい」とほほ笑む。

 若手の頃、横浜市民ギャラリーの「今日の作家展」や県民ホールギャラリーの開館記念展に選抜され、注目されるようになったと恩義を感じている。「横浜には足を向けて寝られないよ」

すみかわ・きいち
 彫刻家。1931年、島根県生まれ。山口県立岩国工業高校在学中に美術を志し、東京芸大彫刻科で平櫛田中、菊池一雄に学ぶ。78年「そりのあるかたち」シリーズ発表。95~2001年同大学長。1997年東京湾アクアライン川崎人工島「風の塔」デザイン監修。98年紫綬褒章、99年紺綬褒章受章。2006年東京スカイツリーのデザイン監修者に就任。08年文化功労者。13年横浜文化賞受賞。

 横浜美術館(横浜市西区)で「澄川喜一 そりとむくり」展を5月24日まで開催=3月31日まで臨時休館。一般1500円ほか。神奈川新聞社などの主催。問い合わせは同館電話045(221)0300。

記者の一言
 「建築家か彫刻家になりたいと思っていた。一人でもやれるから彫刻家にした」と澄川さん。ケヤキやクリ、エンジュ、カシ、松といったさまざまな木材を組み合わせ、大きなものでは高さ2メートル、横幅3メートルを超える。東京都清瀬市のアトリエで一人で制作しているという。88歳となり「力がなくなって大型の作品は無理だが、木を見ていると作りたくなる」と毎日のように木に向き合う。来年の展示の予定もあり「作り続けていないと駄目なので」と言う。衰えない創造意欲はさすがだ。「今は洋材が多いでしょう。その気(木)になれば国産で」と駄じゃれも絶好調。ふと真剣になり「昔は季節に合わせて手入れしていたが、今は管理が悪くて山がつぶれてしまった」と嘆いた。豊かな樹林は戻らないのだろうか。


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