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近代の大火、教訓を備えに生かす 横浜で消防近代史展

減災 神奈川新聞  2020年01月23日 21:01

横浜の大火と消防近代化の歴史を伝える資料を集めた展示=横浜開港資料館
横浜の大火と消防近代化の歴史を伝える資料を集めた展示=横浜開港資料館

 「横浜の大火と消防の近代史」展が26日まで、横浜市中区の横浜開港資料館で開かれている。1859(安政6)年の開港を機に都市化が進んだ横浜で繰り返された延焼火災の教訓と、その後の消防力強化の歩みについて、絵図や公的な記録などからたどっている。

 担当の吉田律人調査研究員によると、開港後の横浜に大きな影響を与えた大火は、1866(慶応2)年の「慶応の大火」、99(明治32)年の「雲井町大火」、1919(大正8)年の「埋地大火」の三つ。

 延焼地域の絵図などが残る慶応の大火の後、防火帯となる「日本大通り」が完成。焼失した遊郭の跡地に整備された横浜公園は「1923(大正12)年の関東大震災の際、周辺の大火から逃れてきた人を守る役目を果たした」。

 3千戸余りが焼けた雲井町大火では、「水道消火栓に依存した消火体制の問題が露呈」した。「断水で消火活動がままならなかった反省から、蒸気ポンプなどの導入が進んだ」という。やはり3千戸超が焼失した埋地大火を教訓に消防署の新設が実現し、19年9月1日に第一消防署(現・西消防署)と第二消防署(同・中消防署)が開所した。

 しかし、ちょうど4年後の関東大震災で両消防署は被災。横浜の出火地点は289カ所に上り、「火災旋風も起きたため、消火活動は難航を極めた」。

 さらに、横浜が焦土と化した45年の横浜大空襲を経て、装備や体制の充実が現在まで図られている。

 吉田調査研究員は「かつて大火は身近な災害で、近代都市の歴史は大火を克服してきた歴史といえる。最近はあまり起きないが、2016年の糸魚川大火(新潟県)のようなケースもある」として、歴史を見つめ直す意義を強調する。

 月曜休館。入館料などの問い合わせは、開港資料館☎045(201)2100。


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