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天守閣復興60年 木造化目指す動きも 小田原城

話題 神奈川新聞  2020年01月05日 05:00

プロジェクションマッピング世界大会でキャンバスになった小田原城天守閣=昨年9月
プロジェクションマッピング世界大会でキャンバスになった小田原城天守閣=昨年9月

 小田原のシンボルとしてそびえる小田原城天守閣は今年、復興60年を迎える。市民の協力を得て1960年に再び姿を現した天守は2016年に「平成の大改修」が完了し、観光客数も大幅に回復。今も地元の愛着は変わらないが、時代の移り変わりとともに天守の在り方は多様化してきている。

 天守は明治3(1870)年に解体され、本丸には長い間、天守台の石垣があるだけだった。戦後の観光ブームに背中を押された市が再建に乗りだし、現在の天守閣の建設が決まった。

 ただ、市の頭を悩ませたのは再建予算。当初5千万円程度と見積もった予算は8千万円に膨らみ、広く市民の協力を呼び掛ける形になった。

 その一つが「小田原城天守閣復興瓦一枚運動」だった。天守にふく瓦を市民が購入して寄付金に充てる取り組みで、寄付者は瓦に名前を記せるなどの企画が奏功。瓦2万1千枚分に当たる240万円が集まった。

 「城は小田原のシンボル。天守を再建したいとみんな思っていた」

 同市江之浦に住む中村静夫さん(94)も協力者の一人で、市役所に出向き瓦に筆で名字を記したという。

 70年ほど前から古地図の復元を手掛け、江戸後期の小田原城下図を復元した「小田原歴史地図」の刊行経験もある中村さん。近く見やすい地図に改訂する予定で、「天守閣に置けるといいね」と城との新たなつながりに期待を寄せる。

 一方、現在の天守閣に疑問を投げ掛ける声もある。

 60年前の全国的な復興天守ブームは観光の視点が重視され、再現性について十分考慮されない面もあった。小田原城は江戸期の模型や絵図を参考に歴史的検証がなされたが、観光客が最上階からの眺望を楽しめるよう廻縁(まわりぶち)と高欄が設けられた。このため、忠実に再現した「復元」ではなく「復興」に分類された。文化財保護法では補修は認められているものの、建て替えはできないという。

 「大災害で倒壊したら、もう直せない。天守のない城になってしまう」

 小田原城の木造復元を訴える「みんなでお城をつくる会」事務局長の岩越松男さんは警鐘を鳴らす。

 同会は明治初期まで残っていた「宝永天守」の調査を進めており、復元した場合の資料として使われることを目指す。現在の“観光用”天守に岩越さんは「本当に観光客のためになっているのか。本物を復元することで歴史を見ることができる」と疑問を投げ掛ける。

 加藤憲一市長は「大改修で10~15年は耐久性がある。その間、社会情勢も変わっていく。木造復元も捨ててはいないが、どうすればいいか文化庁と探っていきたい」と話している。


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