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車いすバスケ・鈴木百萌子 31歳、今が青春かもしれない

スポーツ 神奈川新聞  2020年01月03日 05:00

 障害者スポーツで花形競技の車いすバスケットボール。コートの広さは健常者とほぼ変わらず、得点形式も同じ。大きく異なるのは車いす同士が激しくぶつかり合う衝撃だ。

(上)昔に戻りたいとは思わない 障害者スポーツが夢をくれた
(中)パワーリフティング・三浦浩 復活の力、長渕を支えた経験

 鈴木百萌子(31)の生き場所はその最激戦区のゴール下で「思いっきり手を引っ張られたりして激しいけど、その中で戦っていかないといけない」と日本女子代表のセンターとして体を張り続けてきた。

 2011年12月。交通事故に遭った鈴木は懸命な治療の末に右脚の切断を余儀なくされた。「モルヒネを打って痛みがなくて、そこまでひどいと思っていなかった」。計り知れない喪失感と受け入れがたい現実に「体が動かないから、死にたくても死ねない。でも親とかを見ると、やっぱり頑張んなきゃなと思った」と記憶の糸をたどる。

 入院は1年半続いた。リハビリの医師から「何かスポーツをやりなさい」と助言を受け、最初は陸上競技を始めようかと思ったが「体に車いすが合わなくて」とバスケットボールを選んだ。

 生まれも育ちも厚木市。父は190センチの長身で運動能力抜群、母も昔はソフトボールに打ち込んだ。

 鈴木自身、陸上を始めた小学生の頃から健脚の持ち主で、2000年シドニー五輪マラソン女子で高橋尚子が金メダルを獲得したのに感動し、卒業文集には「将来はオリンピック選手になる」とつづった。まだ事故に遭う前の20歳の時に友人と文集を読み返し「何言ってんだよ」と笑ったものだが、障害者スポーツの最高峰に挑む今の姿を誰が想像しただろう。

 競技を始めた13年当時は「バスケは体育の授業でやったくらい。オフェンスもディフェンスも分からなかった」という。

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