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神奈川新聞と戦争
(119)1941年 天皇制に「帰一」する

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年12月22日 05:00

「君の健康も献納だ」と題し、日本人の身体が「すべて国家に帰一する」と説いた寿屋の広告 =1941年10月12日付神奈川県新聞
「君の健康も献納だ」と題し、日本人の身体が「すべて国家に帰一する」と説いた寿屋の広告 =1941年10月12日付神奈川県新聞

 「君の健康も献納だ」。戦意高揚に貢献する「献納広告」が、読者に国家への身体の「献納」を訴えた。1941年10月12日付神奈川県新聞(本紙の前身)に掲載された寿屋(後のサントリー)の広告だ。本文は、従来「個人的のもの」だった「健康の大切さ」が戦時下の今、国家のものになったことを説明した。

 「日本人といふ日本人の身体はすべて国家に帰一する、そして各自(めいめい)は、国家からお預りしたその肉体を、恰(あたか)も兵隊さんが兵器を大切にするのと同じ気持で、立派に手入れをし、鍛へ、育てゝ、いつでもお役に立つやうにする責任がある」

 身体、生命を「兵器」に例え、代替可能な道具であるかのように表現した。兵士を戦争のための「員数」と捉えた旧軍の思想に重なる。裏を返せば「お役に立つ」ことができない病気や障害のある身体は無価値であることも示す。以前説明した優生思想が、同時期に正当化して語られたこととも無関係ではない。

 特に注目すべきは、一人一人の肉体が国家から「お預りした」ものだという点だ。言うまでもなく、国家とは天皇制国家である。そして本文には、その思想に基づいたキーワードがある。「日本人といふ日本人の身体はすべて国家に帰一する」の「帰一」だ。

 日中戦争の始まった37年、文部省は学者らを集めて「国体の本義」を刊行した。万世一系の天皇をいただく国家体制が日本独自であると説き、西欧の個人主義を引き合いに、優位性を強調する内容だった。その「本義」は、次のような一節に凝縮されている。

 「歴代の天皇は(略)皇祖皇宗と御一体になつて御位にましますのである」

 「臣民の道は(略)億兆心を一にして天皇に仕へ奉(たてまつ)るところにある」

 「我が天皇と臣民との関係は、一つの根源より生まれ、肇国(ちょうこく)以来一体となつて栄えて来た」

 国民と天皇の一体性を示す語こそ「帰一」だった。この語の下に、国民の命が「献納」させられた。


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