1. ホーム
  2. 神奈川新聞と戦争
  3. (112)1941年 雑誌が「国難」を喧伝

神奈川新聞と戦争
(112)1941年 雑誌が「国難」を喧伝

神奈川新聞と戦争 神奈川新聞  2019年11月03日 05:00

「空襲」の文字が躍る「主婦之友」の広告が掲載された1941年8月18日付神奈川県新聞
「空襲」の文字が躍る「主婦之友」の広告が掲載された1941年8月18日付神奈川県新聞

 太平洋戦争の開戦前夜、新聞広告は一気に戦時色を強めた。政府の規制強化だけでなく、広告業界が率先して戦争に協力した実態もあった。象徴的な存在としてこれまで取り上げた寿屋(後のサントリー)の赤玉ポートワイン以外にも、その傾向は見て取れた。

 1941年8月18日の神奈川県新聞(本紙の前身)の1面記事下、雑誌「主婦之友」の広告が目を引く。「大評判 空襲の心得」の主題の下に、見出しが縦書きで羅列されている。電車の中づり広告のような体裁だが、戦闘機のイラストもあしらわれ、物々しい。

 陸海軍当局による「家庭をどう守るべきか」「主婦はどうすればよいか」などの寄稿。「戦時生活特輯(とくしゅう)」シリーズとして「飛行家と航空娘の座談会」「病院船感涙記」「蘭印の難民を救ふ」といった読み物の題名も並ぶ。

 医学博士が赤ちゃんの子育てを指南する「出産から離乳まで 新育児法」の見出しは一見、戦争とは無縁のようだが、傍らには「育児報国」の文句が添えられている。同年1月、人口政策確立要綱が閣議決定され「産めよ殖(ふ)やせよ」のスローガンが叫ばれた。将来の戦争の担い手を育てることは「報国」だった。

 同年9月8日には、大日本雄弁会講談社(現講談社)の雑誌「キング」10月号の広告。紙面の下半分を占めた大きなもので、これも中づり広告を思わせる。同誌は戦前戦中に広く読まれた大衆雑誌で、国民の戦意高揚に大きな役割を果たしたとされる。

 広告には、荒木貞夫陸軍大将による「日本の真価発揮の秋(とき)」をはじめ、政府機関などが寄稿した「防空と国民の覚悟」「家庭の防空はどうしたらよいか」「食糧は之(これ)で大丈夫」などの題名がずらり。「時局特輯口絵画報」の「陸軍少年飛行兵」などは少年の入隊を促しただろうし、開戦を先取りしたような「英米罪悪史」の語句もある。

 「神風」が伝説となった鎌倉時代の蒙古襲来にちなむ「国難『元寇(げんこう)』を憶(おも)ふ」との記事もあり、現在も政治の場に登場する「国難」の語に普遍性を感じさせる。


シェアする