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2019年9月の紙面から
民意をどう報じるか

ジャーナリズム時評 神奈川新聞  2019年10月17日 02:00

 横浜市のIR(統合型リゾート施設)を巡って意見が割れている。事の発端は、林文子市長が直近の市長選後は、誘致に慎重な姿勢を示していたにもかかわらず、突然に誘致方針を発表、その決定経緯も十分に明らかにしないまま、議会も市長案を追認し、カジノ誘致に向けての動きが加速していることにある。これに対し本紙では、これが民意に合致しているのかという観点から、さまざまな紙面の展開が続いた。一方で市長は、市民の意見は一定反映しているという考え方だ。ではいったい、この「民意=市民の意見、あるいは市民の総意」とは何なのか。改めて考えてみたい。

政治家の知る方法


「カジノは要らない」と訴え、横浜市役所を取り囲む市民ら=9月20日午後0時半ごろ
「カジノは要らない」と訴え、横浜市役所を取り囲む市民ら=9月20日午後0時半ごろ

 一般に、行政あるいは政治家が「民意」を知る方法には三つある。最も代表的なものは、紛れもなく「選挙」結果である。この点からすると横浜の場合は、誘致に前向きな姿勢を示していた現市長が、2017年の市長選を前にトーンダウンし、「白紙」を掲げてIR反対派候補を下した。にもかかわらずこの8月に、一転して誘致を表明したという経緯がある。これからすると、市長自身が選挙結果という「民意」を考慮して行政を進めてきたものの、これに明確な理由を示すことなく転向したことに、批判が集まっている。

 二つ目には、これも憲法で保障された直接的な住民の意思表示の方法である「住民投票」がある(憲法改正の国民投票もその変化形)。この場合は、シングルイッシューであるだけに、より明確な住民の当該政策課題に対する賛否の意思表示が示され、行政側はその意思を尊重する政治的道義(場合によっては法的責任)が生じることになる。

 最近の例では、沖縄の米軍基地建設に関連しての辺野古の埋め立ての是非を巡る県民投票があった。日本では、この種の住民投票がそれほど多くない上、その結果が現実的な政治に反映されていない点が問題ともいえよう。今回の沖縄の場合も、県知事はその結果を尊重し行動に移しているが、埋め立ての当事者である中央政府(国)側は全く意に介していないどころか、「投票結果前から工事の続行は決定済み」と正式に政府の見解を表明するなど、住民の意思を聞く意思が完全にゼロである。

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