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2019年8月の紙面から
【ウエブ版解説】「伝える」ことの難しさ

ジャーナリズム時評 神奈川新聞  2019年09月18日 05:00

 ジャーナリズムは「伝える」作業の連続である。伝えたいこと、伝えなくてはいけないこと、伝えてほしいと思われていること、いろいろな意味合いで紙面の記事は構成されている。とりわけ「負」の歴史については、当事者としては早く忘れたい、できればそっとしておいてほしい、などの感情もないまぜになり、社会全体で積極的に継承するという空気は生まれづらい側面もある。

震災遺構

 最近の例でいえば、東日本大震災の「震災遺構」が挙げられる。犠牲者遺族のいたたまれない気持ちを優先する形で、多くの地域で建物の取り壊しが進んだ。もちろん、遺構として保存するためには多大な経費が必要となり、過疎化が進み財政的な余裕がないなかで、建物保存に少なくない支出をすることに、住民全体の賛同が得られるかといえば難しい問題だ。それでも、多くの犠牲者を出したからこそ、後世にその惨禍を伝え、そして防災意識をわかりやすいかたちで示し続けることは大切だ。

 大学の講義で機会あるごとに被災地を回り、どう伝え続けるかを学生と考え続けているが、そのきっかけを与えてくれる「もの」の大切さをいつも痛感する。十二分な知識があったり、自分なりの原体験があったりすれば、目の前に実際に見えるものがなくても、十分に考えることができるだろう。あるいは、抜群の想像力があれば、行間を読みとき、文字からイメージができるかもしれない。しかし実際は「言うは易く行うは難し」であるのが現実である。

メディア内風化

 それは報道機関内でも同じで、この9年間の時間の経過は、さまざまな「風化」をもたらしてきている。最も直接的な現象は、3月11日を報道人として経験した者が、着実・確実に減っているという事実だ。外注比率が高い放送局では、すでに過半が「未体験者」とも言われている。さすがに、神奈川新聞を含む新聞社ではそこまではいっていないとしても、現場の一線で取材する記者に限定していえば、同じような状況とも言えよう。その結果、東日本大震災は歴史の1ページとして記憶されることはあっても、それが今日の状況と結びつかないということになりかねない。

 そうした時に、体験者の生の声を実際に聞く、被災を受けた現物を実際にみる、という具体的な体験が、記憶を呼び戻すことにも、あるいは実際に記憶にない歴史的事象を、具体化する力にもなりうるはずだ。こうした社会として継承していく作業を担う、あるいは媒介するのがジャーナリズムには期待されていよう。ましてや、戦争は70年以上前のことで、筆者も含め現在の日本社会の構成員に、先の大戦を兵士として経験した者はすでにほとんど存在せず、戦禍を直接経験した者ですら少数派になってきた。

歴史の上書き

 こうしたなかで、日本独特の戦争文学というジャンルで、「戦後派」作家が作品を紡ぎ、8月ジャーナリズムといわれる企画特集によって新聞やテレビが戦争を語り継ぐことによって、いま、かろうじて日本において戦争の加害も被害も、その歴史が「自分ごと」として考えられるきっかけが提供されているということになる。

 しかもより今日的な新たな課題として、直接体験者の急速な減少傾向のなかで、意図的な「歴史の上書き(書き換え)」が行われつつあることが挙げられる。神奈川新聞でも報じられている、関東大震災における朝鮮人虐殺をめぐる「なかったこと」にする言説はその典型例だ。今年も、関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊祭のすぐ脇では、歴史修正主義のもと、司法記録でも明らかな歴史的事実を認めようとしない人々の集会があったと報じられている。

固定化とデータベース化

 それゆえに、豊富な知見と取材力を有する新聞記者たちが、残された年月がそう多くない、いまだからこそ、戦争体験を掘り起こし、記録し、検証し、それを報道=伝承することが、これまで以上に求められている。その日々の紙面の積み重ねの延長線上として、ウエブ等を活用したアーカイブとして、より多くの知識や情報を社会に提供することも実現してほしい。

 すでにいくつかの新聞社で行われているような、戦争記録のデータマッピングも、いまと過去をつなぐ手だとして有効だろう。その点で、紙の固定化とウエブのデータベース化がより有効な報道領域として、「歴史(戦争)を伝える」ことがあると考える。すでにいまでも、「かながわの記憶」(神奈川新聞アーカイブズ/カナロコ)https://kanagawashimbun-archives.jp/kanaloco/kanagawanokioku1950.htmlがあるが、今後は、テレビ神奈川等とも協力し、動画を含めたより多層的なアーカイブズになることを期待したい。

※詳しくは、本紙版「ジャーナリズム時評」をお読みください。

山田健太(やまだ・けんた 専修大学教授) 専修大学ジャーナリズム学科教授・学科長。専門は言論法、ジャーナリズム研究。日本ペンクラブ専務理事。主著に「沖縄報道」「法とジャーナリズム 第3版」「現代ジャーナリズム事典」(監修)「放送法と権力」「ジャーナリズムの行方」。


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