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酒と涙と男と天ぷら(8)
根岸の海 古びた校庭のボク達

話題 神奈川新聞  2019年06月28日 01:39

潮干狩りでにぎわう間門海岸。現在この辺りは、横浜市中区千鳥町の石油コンビナートで、写真奥側は根岸駅方向=1957年4月
潮干狩りでにぎわう間門海岸。現在この辺りは、横浜市中区千鳥町の石油コンビナートで、写真奥側は根岸駅方向=1957年4月

 夏が近づいてくると、潮の香りが恋しくなりますね。先日、久しぶりに横浜の海に出ました。海好きの仲間六人と金沢のベイサイドマリーナに小さな船を置いています。元清水港の漁船で、マリーナのイメージとは懸け離れたボロ船です。エンジン故障で二度の東京湾漂流ツアーも経験しました。

 海は一度出ると船だけが頼りですから、壊れたら相当ヤバイですよね。私はライフジャケットは絶対離しませんし、あまり遠くには行きません。子供のころに遊んだ近所の海で、プカプカ浮かびながら釣り糸を垂らすのが大好きなんです。それにしても、この辺りの風景の変わりようといったら驚くばかりです。

 四十五年前、六歳のころ。私も幼なじみの森も根岸の海で泳ぎ、三渓園がけ下の砂浜で潮干狩りをしていました。おやつは近所の漁師さんが捕ったシャコ。新鮮なシャコをゆで、ハサミで足を落とし、皮をむいたのをアツアツで、ラムネでキューとやるのは六歳の僕らにはたまりません。

 小学校の帰りには根岸先住民の森ン家のばーちゃんの干したノリを食べに、ノリ干し場に寄ってキンキンに冷やした甘い麦茶でキュー。今のJR根岸駅の辺りは木造の根岸中があって、そこの堤防から海に下りました。

 ある朝のこと、目の前をトビウオが通り過ぎていったんです。もちろん空中を。本当です、目が合いましたから。

 プールセンター辺りには掘割川が流れ、季節になると、ダボハゼ、ボラが大量に押し寄せ、そこだけが沸騰した熱湯のようにたぎっていました。橋の上ではたくさんの釣り人たちが狂ったようにさおを振り回していました。

 森は橋の下に置いてあった船に勝手に乗って遊んでは、持ち主の徳じいさんに張り倒されていました。「しげちゃん、徳じいさん、どうしてるかなー」って森。オレ知らないよッ。

 潮干狩りには三渓園まで歩きます。JR根岸線などもちろん無くて、間門までずっと見通せました。海沿いに、野っ原の中、山盛りになった赤土の道をテクテク歩いていきます。帰りには持ちきれないほどのアサリとマテ貝をお土産に、砂の舞う号沿いを家に戻りました。もちろんウチに帰ったら、ママがバターでいためたアサリをプラッシーでキューっとね。

 埋め立て工事が始まり、だんだんと海が遠くなっていくのが分かりました。それが子供心にも寂しくて、だから今でもあの辺りでプカプカ浮かんでいるんだと思います。森もその辺りのバーで毎日飲んでます。みんな埋め立て前の海は忘れませんよね。

 ベイサイドを船で出て、海から見た見慣れた石油タンクの群の先には、古びた根岸中の校庭の岸壁から、こちらを見つめる六歳のボクと森がいました。また会おうね、ボク達(たち)。

(2004.7.4)



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