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【K-Person】山本東次郎さん
狂言は人間賛歌

K-Person 神奈川新聞  2019年03月31日 11:03

山本東次郎さん


山本東次郎さん
山本東次郎さん

 「60歳の時に気付かなかった思いが、最近、分かり始めた。今は、楽しくてしょうがない」。後進の指導に力を注ぎながら、自らの芸も80歳を超えてますます輝きを放っている。

 今年4月~来年3月の間、横浜能楽堂で「東次郎 家伝十二番」と題して1年間、毎月一回舞台に立つ。「上演する機会が少ない曲など、狂言の魅力が詰まったプログラムを披露します」と笑顔を見せる。

 “これぞ東次郎”と評される「月見座頭」=写真=(9月22日上演)は、前半の見せ場だ。中秋の名月の夜、目が見えない座頭が虫の音に耳を傾けていると、そこに月見の男がやってくる。二人は和やかに酒を酌み交わし、心を通わせたように見えたが、別れ際、男はいたずら心が持ち上がり座頭を突き飛ばす…。

 「目は見えるが、実際は何も見えていない男と、目は見えないけれど、心眼を持っている座頭」。一筋縄ではいかない人間の心理を描き、狂言の神髄を伝えてきた名曲だ。祖父や父も、ここぞという場面でいつもこの曲を披露してきた。


狂言「月見座頭」(大蔵流)山本東次郎(撮影・神田佳明)
狂言「月見座頭」(大蔵流)山本東次郎(撮影・神田佳明)

 「狂言を初めて見る高校生が、座頭が出てきたときのつえの音と、帰るときのつえの音が全く違うと気付いてくれたことがあります」。先祖から伝承されてきたいくつもの型を組み合わせ、体の内側から座頭の明暗を表現する。

 江戸時代から「武家式楽」としての伝統を継承してきた狂言方大蔵流の家に生まれた。日々の稽古は厳しく、伝統の重圧に苦しんだこともあったという。

 「あの人はいい芸をするけど、品がない」。父が言う「品格」という言葉に、10代の頃は悩まされた。ある時、思い切って父に品位について尋ねてみた。すると「ずるいことを考えるな、常に美しいものを見ていろ」と告げられた。

 「うそをつかない」。品とは、地道に芸と向き合うこと。その道を真摯(しんし)に歩んできたからこそ、人間国宝の称号を授かった。

 「見ていただいた方に、ある種の幸福感を持ち帰ってもらえたら。『人間っていいものだよな』と、思ってもらえることこそが、私の狂言に込めた思いです」

 「狂言は人間賛歌」。誰もが持つ愚かしさや滑稽さを揶揄(やゆ)せず、様式化した“美”で人の生きる素晴らしさを伝える。人生を懸けて受け継いできた芸を通して、これからも人々を励まし続ける。

やまもと・とうじろう 狂言方大蔵流。1937年生まれ。三世山本東次郎の長男。人間国宝。武家式楽の伝統を受け継ぐ山本東次郎家当主。著書に「狂言のすすめ」「狂言のことだま」など。98年紫綬褒章受章。2007年日本芸術院賞受賞など。公演の問い合わせは、横浜能楽堂電話045(263)3055。

記者の一言
 戸を閉める時は「サラサラサラ、パッタリ」。犬は「ビョウ、ビョウビョウビョウ」と鳴く。狂言には現代人が思いも寄らない表現がたくさんあり、見るたびに想像力が刺激される。子どもも大人も楽しめる狂言は、まさに「人間賛歌」だ。見終わると、自然と笑みがこぼれてくる。横浜能楽堂では毎月第2日曜は「狂言の日」と決められていて、流派を超えた公演を見ることができる。その上で、今年は毎月1回「東次郎 家伝十二番」も楽しめる。まさに、狂言を知るとっておきの年になりそうだ。第1回は「翁(おきな)」(金春流)と、めったに演じられない「三社風流」(大蔵流)も披露される。4月が楽しみだ。


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