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平成の家族(7)
夫婦別姓 個の尊重を貫きたい

社会 神奈川新聞  2019年03月17日 05:00

1989年1月28日に掲載された、前田さんと桜井さんの対談記事
1989年1月28日に掲載された、前田さんと桜井さんの対談記事

 弁護士の桜井光政さん(64)=東京都=が大切にしている記事がある。1989(平成元)年1月28日の神奈川新聞。頭部汗腺がんのために40歳でこの世を去った、妻で弁護士の前田留里さんとの対談が掲載されている。

 テーマは「夫婦別姓」。紙面には、結婚後も旧姓を通称使用しながら、横浜市内で弁護士として活動する前田さんの言葉が並ぶ。

 「自分の名前を好きだから使いたい、ということばかりでなく、名前はその人の人格と一体なんだ-と。それを無理に変えさせられるのは、自己の喪失につながりかねない。これは仕事を持っている一部の女性だけの問題ではないはずです」

 「別姓とは、あくまでも夫婦が対等な人間関係を築くための一つのステップ。夫が妻を単なる家事・育児労働者とみるか人生のパートナーとみるかの問題でもあるのです」

 聞き手の記者が夫婦別姓の実現可能性を問うと、桜井さんは「10~20年の間」と答え、前田さんは「そんなに待てない」と笑った。

 中央大学の同級生だった2人は84年に結婚。司法試験のための勉強会で知り合った。結婚前から通称使用を望んでいた妻を、夫は抵抗なく受け入れた。ただ妻の新たな戸籍は「桜井」で作った。双方の家族とのあつれきを避けるため、桜井さんがお願いした。

 自宅の表札にも、2人で一時開いた法律事務所の看板にも、名字が二つ並んだ。一方で、弁護士会の名簿には「桜井留里」と戸籍名が載り、職場でも「桜井さん」と呼ばれることがあった。破産管財人になる際には同一人物と証明するのに苦労した。

 95年。2年余りの闘病の末、前田さんは亡くなった。弔辞の中に「本名・桜井留里様」と書かれたものがあった。桜井さんはそれを読み上げてもらわなかった。「彼女は『前田留里』として生き、死んでいった。本名とは、こう名乗りたいと思うもののはずだから」。夫は愛する妻の意思を最期まで重んじた。

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